ANIRON

ひとりごと日記

2022.08.31-09.01 朝までノンアルで飲み明かして交わした話

9/1深夜1時、この前日はかねてから書いた通り、旧居の最寄りの薬局に薬を受け取りに行くことに関して少々トラブルがあり、薬局の人が手違いで渡したジェネリック医薬品と、新薬とを交換せねばならず、気を揉んだこともあって消耗していた。

そこに不眠の気配が色濃く漂ってきたところに、主人に飲まないかと誘われたので、コンビニへ行って主人は酒類とおつまみを買い、私はノンアルの炭酸を選んで帰宅した。

それからしばらく様々な話になったのだけれど、主人サイドの話は主人のプライバシーに関わるのでこの際伏せる。

私が議題に挙げたのは、『少女終末旅行』と、短歌をめぐる政治的な話題だった。

少女終末旅行』については、作中で人工知能が二進数で詩を書いているというシーンの話になり、ここのところAIのイラスト作成が問題となっていたこともあって、私としてはやはり作家論的に詩を捉えてしまうのだけれど、東大の大学院で文学を専攻していた主人曰く、テキスト論によって作家論は克服されたのだと云う。

つまるところどんな作者が書いたものであれ、テキストはそれそのものが独立して存在し、その独立したテキストについて考えるというのが現在の国文学のあり方なのだと云う。

それは読み方としては妥当なのだと思うけれど、やはり私は作り手として、詩を書く際の発語の問題に触れずにはいられなかった。

発語する際、たとえ指先で入力するにしても、「口」から発せられる際の戸惑いやためらい、間といったニュアンスを、AIは捉えられるのかということ、すなわち身体性というものをAIは克服しうるのかということが気になったのだった。

AIの描いたイラストは、イラストそのものの完成度云々は別として、厳然として存在するのだけれど、そこには身体性が欠如しており、無気味の谷をどうしても克服できないのではないだろうか。

それともそれは私の感じ方の問題であって、それもやがては克服されて、当たり前のものとして享受されていくものなのだろうか。

おそらく後者が現状なのだろうと思うし、だからこそ多くの人がAIを用いてイラストを物の試しに描かせてみようと試みているのだと思うけれど、一切の身体性を持ち得ないものから生まれた詩を、詩と見なすことは、やはり難しいのではないか。

吉増剛造は『詩とは何か』において、詩を作るに際しておののきや発語の困難さに伴う痛苦について語っているけれど、その痛苦を経ないものを詩と評価するのは、個人的にはためらわれてしまうなと思う。

もちろんAIの書いた詩にも人を感動させうる力はあるのかもしれないし、実際のところ谷川俊太郎の詩を学習させたAIは、多くの人に感銘を与えるのかもしれない。つまり、詩がより多くの人々に享受されるという点において、AIの作った作品は、大衆からの評価を集めることは担保しうるのだろう。

ただ詩というものが本質的に言語表現において前衛性を帯びるものだとして、その前衛性を担保することは、既存のものを学習することで表現を可能としている現在のAIには難しいのではないか。

全く新しい表現の詩を作ることが、好悪の如何にかかわらず、詩という一文芸ジャンルの背負った宿命であるとするならば、AIが二進数で詩を書くという行為すらも乗り越えられてゆくはずだ。

そしてその全く新しい詩を作ることは、おそらく身体性を持った、つまるところ目なり、耳なり、口なりという器官や、それに類する形の手話や点字といった身体的表現性を持った人間でなければ、本質的なところで詩というものが革新性を持ち、それを評価する人間が何らかの判断を下すことはできないのではないか。

そう、あくまでも評価という点において人間は役割をまだ持っていて、主人は批評という仕事は今のところAIにはなしえず、つまり新たな表現を批評して是非を評価し、そこから新たな作品の方向性を提示することはできないと語っていたのだった。

作品を作るAIと、批評するAIと、それを享受するAIがいれば、新たな作品が生まれうると彼は云うけれど、最後に残された「享受する」という点において、人間の役割がAIに完全に奪われることは、少なくとも人間がAIのすべての性質を是認して信頼しない限りは難しいのかもしれない。

上に、AIは大衆性を獲得しうるということを書いたけれど、ただその大衆そのものをAIに置き換えることはできない。ここにまだAIの限界が残されているのだろう。

#2では短歌における政治性について語りたいけれど、センシティブな内容になるので、やはりこの場で公開するのは難しいと判断するかもしれない。ひとまずAIと詩というトピックに関してはこのようなやりとりを交わしたのだった。

 

追記

この記事を書き終えた後、すぐに#2を書いていたのだけれど、どうしてもセンシティブなトピックに触れざるを得なかったので、良識ある者として下書きに留めておくことにする。