ANIRON

ひとりごと日記

2022.09.14 短歌を詠み、短歌を読む

どうにも自分の短歌が上達しない。それどころかクオリティが下がる一方な気がして、朝から希死念慮に苛まれながら推敲をした。

飛躍というものがなければやはり詩情は生まれない。

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軽みを重視し、いずれも口語表現の持つフラットさを強く意識した作品と読んだけれども、そこに短歌として、あるいは短詩型としての短歌の詩情はあるのだろうか。

日常を描くことの意義はまた置いておくとして、短歌として詠むにあたっては、やはり幾らかでも詩情を伴っていなければならないのではないか。それが詩歌の表現である限りは、いくら日常詠として詠むにしても、詩としての性質を備えていなければならないと私は思う。

そこに美的な要素がある必要はないし、美という観念は詩の全てではないので、美的でないという指摘は当たらないのだけれども、詩情のもつエモーショナルな動きや、飛躍、あるいは表現そのものが伴う芸術性というものが欠如していると感じた。

ということを以前日記に書いたけれども、この批判は私の短歌にも自ずと向けられるべきものであって、詩情がないところに詩歌はやはりないのではないかと思う。

「私」というものと短歌とがあまりにもダイレクトに結びついていて、短歌を作るに際して「私」の発話するところがそのまま短歌という形を取ることがここのところ増えているのだけれど、それで果たしていいのだろうかという疑念が拭えない。

自分が志した療養詩歌の形は、少なくとも今作っている短歌の姿ではないなと思って、久しぶりに昨年の拙作の笹井宏之賞落選作を読み返した。

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賞には落選してしまったし、少なくともそれは評価されるに値しないものではあったのかもしれないけれど、それでも私のやりたかったことの原点はここにあったのだよなと思い至った。

ここのところ特にNHKなどに投稿する機会が増えて、「開かれた形で口語で『私』を詠む」ことを志向してきたのだけれど、それでもその「開かれた形」が私の作品においては技術的に拙いものであって、これを乗り越える必要性をひしひしと感じてきた。

それは先日のまさやまさんと主人との横山未来子『金の雨』読書会でも痛いほどに感じたことでもあったし、また松野志保の短歌を追いかける中で、自分の志向する方向性を改めて考える契機を得たのだった。

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そこで改めて「病めるヒュプノスの夏」を読み返してみて、ゴシックを志向していた時期があったことを思い起こし、そのゴシックという概念が今の歌ぶりから姿を消していることに気づいた。

開かれた形で歌を詠むという点に関して、このゴシックはむしろそれを阻害する要素を持っていたのだけれど、「病める身体」というゴシックと不可分な要素を抱える私という人間において、ゴシックは切実なよりどころとなりうるのではないかと考えた。

そうして塚本邦雄藤原龍一郎が評価したとい高島裕の歌集『旧制度』を積んでいたのを思い出して手に取ったのだけれど、強い違和感が残った。

旧制度―高島裕歌集

旧制度―高島裕歌集

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この違和感について、主人が帰ってきてから語ったのだけれど、一つには歌として焼き物に例えるならば「焼き締められていなくてゆるい」と感じたこと、台詞調の短歌の無闇な感嘆符の多用に違和感を抱いたことを告げたのだった。

転向の冬の変節いまや謹みて言ふ──敵はおまへだ!

 

〈少女〉とは何? たぐり出す比喩なべて陳腐! 闇夜に春過ぎむとす

 

思ほえず「先生」の笑み一刹那後に撃ちかへす頬笑みは神!

これらの歌においては感嘆符を用いるだけの必然性がどこにも感じられない。むしろ軽薄な響きさえ伴ってしまうことになる。

無論そうした感嘆符などを用いる例は福島泰樹などの短歌にも見られるのだけれど、福島泰樹の短歌はこれに対して厳然として「焼き締められ」ている。

この「焼き締める」という感覚が阻害されているのは、一首一首の漢字の開き方や語彙の選択にもあるのだろうけれど、全体としてアニメ調の雰囲気が漂う「少女」というモティーフの軽薄な用い方、もっと云えば性的な対象物として少女を描いていることとはおそらくそれと無関係ではあるまいと思う。軽々しいモティーフに対して、言葉が重すぎる。

さう言えば「女子高生」である君の賀状の文字のあはれ稚(をさな)き

 

おそらくはふるさとにただ一台のプリクラの辺に少女──元旦

 

左右(さう)の掌(て)にべつべつの愛結ぎ少女たまゆら〈対(つい)〉を超えたり

 

抱きたい…か? はつか違える心地して春疾風わが襟を撲(う)つのみ

また全体として和歌調の文語表現と接続する都市というモティーフの強烈な違和感を乗り越えられておらず、その違和感を持って前衛とするのならそれで筋は通るのだけれど、少なくとも私はそれを好ましいとは思わないなと感じたのだった。

しどけなく首都は六月寝乱れてわれはnに焦がるる

 

霧ふかき谿(たに)へ降りゆく此処よりは死線(マジかよ)響(とよ)む携帯電話(ケータイ)

福島泰樹に徹底して貫かれた前衛という思想や芸術性がそこにはない。それらが崩れて感じられるのはやはりこの歌集において文語というものが完全には乗り越えられていないからなのだろうと思う。

井の底ゆ打ち上げられて目覚むれば小(ち)さき蛭子いませり

 

国津神に憑かれしごとく天つ日を呪ひまつりき 淫らなるまで

また記紀のモティーフがたびたび文語で語られながらも、そこにあるのはその「日本」に対する挑戦的な態度であり、その態度や矛盾する思想が、例を挙げるならば水原紫苑『如何なる花束にも無き花を』のように徹底して貫かれない点にはやはり目を向けたい。

空虚なモティーフとして本来の記紀の文脈から切り離され、この歌集において都市という現代的な産物に無造作に接続されていることのグロテスクさについて、自覚を持っているであろうことは明白ながらも、そこにあって然るべき思想があるのであれば、まず文語という表現に対して、自覚的でなければならないのではないかという疑念が拭えない。

使い方が全体としてこなれていない、接続されて然るべき語に接続されていないと云ってしまえば身も蓋もないのだけれど、この内容は文語を用いるに値するものではないと感じる歌が多々あって、改めて文語を用いることの難しさを感じた。

翻せば文語を用いることの重みや、引き受けなければならない歴史というものの痛みと、決して無関係ではいられないということに対して、努めて認識しておかねばならないということなのだろうと思う。

己を歴史的な文脈と切り離したところで歌を詠むのであれば、やはり口語を選ぶ他ないのではないか。ただこの歌集においては記紀のモティーフがたびたび登場するため、そのモティーフを担うだけの態度を問われることも付け加えておかねばならない。

もっとも私が大学で記紀で卒論を書いた人間だからこのように口うるさく書かねばならなくなるのであって、他の人からしてみれば、聖書のモティーフを宗教から切り離した文脈で短歌を作る態度とそう変わらないのかもしれない。

ただ、そうした態度も耽美というコードを置けば批判を免れるとは思えないのだけれど。

例えばキリスト教における聖書モティーフを用いた絵画を見て、それを全く聖書の文脈から切り離して鑑賞することがほとんど不可能であるのと同じように、美というコードにも、それに付随する歴史なり宗教なりの文脈があって、そこから完全に無関係では成り立たないということになるのではないか。

よしんば同時代にあってはそのような読み方が成立したとしても、時代を経れば経るほど、自ずとそうしたコードはそれが独立した形で成立し得なくなるのではないか。

「焼き締める」という表現について掘り下げる間もなく、字数が約3000字に届こうとしているので一旦ここで切り上げることにする。