ANIRON

ひとりごと日記

2022.10.05 養老孟司を読む

ここのところすっかり創作意欲が落ちて、ほとんど何も作れずにいる。

詩をぽつぽつと書いたり、短歌を少しばかり詠んだりはしているのだけれど、エネルギーが枯渇している。

本を読むにも軽めの内容のものが多くて、ここに書けるような本は読めていなかったため、なかなかブログを更新できずにいた。

そしてこの日、ようやくかねてから注文していて、主人に進められていた、養老孟司『バカなおとなにならない脳』を読んだ。

この本では様々な悩みを抱える子どもたちの質問に対して、養老孟司が時に手厳しく、時に優しく答えるという本なのだけれど、主張は一貫していて、現代の子どもは都市化された空間に生きていて、その弊害として様々な精神疾患であったり、対人関係の悩みを抱くに至っていて、それを解決するために、田舎で農作業をしろという主張が貫かれている。

脳というものは入力と出力で成り立っており、現代は入力は多いが、出力、すなわち人間にとっての運動をする頻度が減っているという。

運動は運動でも、運動をするための運動ではよろしくないらしい。

都市で暮らす人間にはヘンなところがあるっていうのは、ニューヨークなんかに行ってみると、別のかたちで気付きますよ。ニューヨークに着いた朝とか、時差で眠れなかったりするから、セントラル・パークに座っていたりする。そうすると目の前をドコドコ、ドコドコ、四時ごろからだよ、必死になってランニングをしている人たちをたくさん見かける。で、ひと汗かいて、彼らは、シャワーをあびてから、ネクタイを締めて、背広を着て、働きに行くわけだ。でもその運動のしかたが、どこかおかしいんだ。運動中毒みたいで、からだとのつきあいかたのバランスがおかしい。なんで、適当っていうことができないんだろう、とつくづく思います。それだったら、ぼくなんか、はじめから、モンタナで百姓やってるほうがいいんじゃないかと思っちゃったりする。そのほうが、よほど脳のためにはいいですよ。

──養老孟司『バカなおとなにならない脳』理論社、2005年、pp82-83

そこで養老孟司は自然を説く。

もともと、ぼくらの生きている世界には、世間と自然と二つの軸があってね。世間のいいところは、褒められたり、友達がいること。わるいところは、いじめとか、喧嘩があるとか、人間関係でしょう。自然のいいところは、天気がいいとか、明るいとか、さわやかとか、これもいろいろあるし、わるいところは、台風とか、地震とか、病とか、こちらもいろいろある。

ところがね、子どもたちの世界から、自然のほうが急激になくなっちゃったんですよ。そうしたら、人間関係の世界が倍になっちゃったんです。

ぼくみたいに、虫でも捕ってみなさい。

人間ばっかり、相手にするからわるいんです。

──養老孟司『バカなおとなにならない脳』理論社、2005年、pp97-98

 

辛抱ができなくなった理由は、たぶんはっきりしていて、ぼくがずっと言っている、ああすればこうなるという生活環境と関係があるでしょうね。ボタンを押せば、ひとりでに風呂が沸くとか、そういうことばっかりの生活をすれば、そこでは我慢をする必要なんてなくなります。これはおとなの責任だけれど、子どもはそれに、すごく影響を受けている。

もとはと言えばキミのせいじゃないよ。でもねえ、少しは我慢をおぼえたほうがいいです。で、我慢をおぼえるには、自然と付き合うしかありません。つまり田んぼで稲を育てるとするでしょう? そうすると、育ちあがるまでに、三ヶ月とか、たっぷり時間がかかります。その間、ずっと面倒見てやらなきゃない(原文ママ)。それをすれば、収穫までに、どれだけの手順がいるかわかるし、その間、ずっと待ってなきゃいけない。昔の人は、みんなからだを使いながら、そういうことはやってたんだ。

──養老孟司『バカなおとなにならない脳』理論社、2005年、pp129-130

つまるところ、自然の環境のある中に身を置いて、農作業をしろというのが養老孟司の持論なのだけれど、現代の都市化された人間がこれを実行するには随分と無理があると云わざるを得ない。

そこで養老孟司は参勤交代のように自然と都市とを行き来する生活を説く。

これについては長くなるので引用は割愛するが、私の住んでいるところには、近くに神社一帯の雑木林があり、先月には主人と散歩をしたし、家では育てている観葉植物や、主人が育てている観賞魚などがいる。

snowrabbit21.hatenablog.jp

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そうした自然の揺らぎを感じながら、これからも過ごしたい。

それはあくまでも都市化された自然であって、本物の自然ではないけれど、それでも全く何もないよりはずっといい。

また出力である「からだを使うこと」を意識するにあたって、よりいっそう、しっかりと家事に励みたいと思う。

ここのところ創作はできないまでも、精神的に幾らか安定しつつあるのは、こうして日々家事に励んでいるからなのだけれども、その量を少しずつ増やしていきたいと考えている。

またこの本を読んで他にも何かと得るものが大きかったため、しばらく詩歌を読むことから離れて、軽めのノンフィクションで積んでいるものを少しずつ崩せればと思う。

主人も今はノンフィクションを読むのにハマっている様子なので、様々に語り合えるといいなと思う。