ANIRON

ひとりごと日記

2022.11.03 短歌の道は閉ざされたけれど

短歌がうまくいかなくなった。

詩に比べて、明らかに結果が出せていないということは誰と比べるべくもなく自明のことだし、ここでいったん短歌から離れた方がいいのかもしれない。短歌について考える時間は有意義ではあったし、私自身、短歌の方向性を模索してきたつもりだけれど、結果が出ないことをいくらやってもしょうがない。

やはり詩に焦点を当てて、しばらくは詩作に励みたい。やってもうまくいかなかったなら、それを糧として次に進むしかない。

おかげさまでココア共和国には今月で10回目の入国を果たすことができたし、こうして詩がコンスタントに評価されていることを、まずは認めてもいいのかもしれない。

ここのところすっかり詩作から離れていて、もっぱら主婦ブログに記事を仕込んでいた。

snowrabbit21.hatenablog.jp

創作と向き合うことが怖くなってしまって、もっと具体的に云えば、短歌という一つの道を失ってしまうことが耐え難かった。趣味で作るなどと悠長なことは私は云っていられないので、可能性を失ってしまったものは切っていくしかない。そうして残された先に何があるのだろうと思ってしまう。

不安とおののきの最中にあって、心の灯火となっている宮沢賢治や、エミリー・ディキンソンのことを想う。詩と分かちがたい関係にあったふたりの詩人が、今の私にとっては糧となっている。そうした存在があるということを今は寿ぎたい。

小説の方はなかなか進まなくなってしまった。

どうしたものかという思いもある反面、今は書きたくないものを無理に書いてもしょうがないとも思う。東大の大学院で文学を専攻していた主人に「プロットはしっかりしている」と云われたので、また折りを見て、書けるタイミングで書き継いでいきたい。

悔しさをバネにするにも、気力と体力が必要で、それが失われてしまった時、人は嫉妬に走るのだなということがようやく身にしみて分かった。それはとても安易だし、私は嫉妬の目を向けられることに疲れつづけてきた人間なので、彼らと同じ道に堕したくはない。

こうして力およばず道が閉ざされていくのを、ただ黙って眺めているわけにはいかない。

もっと自分に開かれた可能性を探し続けたい。今日がその始まりの一歩だと思って歩んでいくほかない。

映画「海獣の子供」を観て、やはり私には詩しかないと思いを定めたから、それに向かって一心不乱に詩を書いていきたい。

詩と向き合いつづけることは苦しいけれど、それでも私はこの詩作に励んできた十二年間、何よりも詩を愛し、何よりも詩を求めてきたのだと思う。

そのことを信じていたいし、もっと詩に対する思いをたしかなものにしたい。

詩論も買って読みたいと前々から考えている。まだまだ勉強も進めていかねばならない。

 

追記

ここまで書いてから詩を書いた。

以前、一度投稿してその時は通らなかったけれど、ココア共和国以外の場所にも投稿したいと思い、久しぶりに日本現代詩人会に詩を投稿した。

結果はあまり期待できないかもしれない。

ただ、今切実に自分自身が詩を求めていることを改めて感じることができたし、それは単に何者かになりたいという思いだけではなく、詩でなければ表現し得ないものを私は求めているのだと思う。

ここのところTwitter谷川俊太郎をフォローしていて、時々その詩を読むのだけれど、その詩作品を読むことを通じて得た学びを詩作にも活かしていきたい。

 

最後に載せる場がなかなかないのでここに載せておくけれど、バーレイのトーキーブルーウィローが二脚届いた。

主人とルピシアダージリン2ndフラッシュをいただいて、その水色の映えぶりに魅せられている。今後とも紅茶を愛し、詩を愛していきたい。