ANIRON

ひとりごと日記

2022.11.10 Twitterから離れた先に

Twitterが先行き不透明な様相を呈しており、これ以上留まっていてもイーロン・マスクの日々コロコロと変わる気まぐれで一喜一憂することになるのは間違いないことに莫迦莫迦しくなって、Twitterから離れようと思っている。

そこでTwitterから半日が経ち、私はさして人とつながりたいとは思っていなかったことを改めて実感した。Twitterよりもブログ文化の方が好きなのは、そこに濃いつながりが生まれ得ないからなのだと思う。

Twitterがきっかけで創作上で嫉妬したりされたりということにもいい加減疲れていたし、ここ10年ほど縁遠かった、自分自身に生じた嫉妬という感情を他者に向けることの罪悪感や、短歌から降りなければならないのではないかという思いも霧散した。

私がNHK全国短歌大会入選、NHK学園夏の誌上短歌大会入選という以上の結果を出せていないという現実は変わらないけれど、それでも他者と比べる必要などなかったのだと改めて思う。

短歌の巧拙を見分ける目は養ってきたつもりだし、それを作歌にも生かして、より励んでいきたいという思いがふたたび頭をもたげてきた。

無論私よりも短歌が上手い人がいるという現実には変わりはないけれど、私は私の歌を詠めばいい。短歌は入場許可制でもトーナメント制でもない。無論巧拙が厳然としてあって、プロなどには遠く及ばないとしても、それでも私が作歌をやめる理由にはならないのだと思う。

刺激から離れることが適応障害改善の最善策だということを聞いたことがある。私はここ一年ほど適応障害を患っていて、その病状はなかなか良くならないのだけれど、Twitterという場から離れたことで、その病気が幾らかでも改善するのであれば、それに越したことはない。

先だっては一時期疎遠になっていた友人に、Twitterではつながらずに、LINEで直接連絡を取り合って、何往復かやりとりを交わしたのだけれど、それで十分だという気もする。

何も常にベタベタとやりとりをせねばならないわけでも、相手のツイートを逐一観察しなければならないわけでもない。友人関係はもっとこざっぱりしていていいなと思う。

これまではTwitterを通じて読んだ本のおすすめなどを友人にシェアすることもあったけれど、その必要ももはや感じない。ブログには書くけれど、個別におすすめする必要はないし、そうした形で距離を詰めようとしなくてもいいのかもしれない。

Twitterから離れることで友人関係も変わっていくだろうし、Twitterだけでつながっていた人々とは友人という間柄だと思っていないので、ブログで垣間見られればそれで十分で、乗り換え先を検討する必要もないと思っている。

猫を飼うようになって、なかなか適応障害に加えて原疾患である統合失調症の持病を抱える自分のケアがおぼつかなくなったりして、それも大きなストレスだった。

これまでエネルギーを他者に振り分け過ぎていたのかもしれないし、もう少し自分自身のことも大切にしたい。

特に貼るものがないので最後にお茶の写真を貼っておく。

 

ルピシアダージリン2ndフラッシュ

 

同上

 

同上

 

ルピシアのピーチメルバ

 

ルピシアアールグレイ