ANIRON

ひとりごと日記

2022.11.26 遅まきながら情熱大陸・木下龍也回を観た感想

昨日、短歌講座を受講しようか迷っているという話を書いた。

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あれから撮り溜めていた、情熱大陸の木下龍也の回を観て、谷川俊太郎の一つのことに専心することの大切さを説くシーンで、にわかに感情が込み上げてきた。

小説が商業誌に掲載されることになり、短歌もまだ初心者ではあるけれど、NHK学園の公募に二度ほど採っていただいて、自分自身が何をやりたいのか、わからなくなっていた。

可能性はより広い方がいいし、適応障害という持病の特性上、潰しは効けば効くほどいい。実際、私が小説でうまくいかなくなって詩歌に転向したのも、それまで詩を書いていたからで、詩がなければ生き延びられなかったと冗談抜きで思っている。

それでも詩一本で生きていく覚悟はなかったし、30代になってどんどん可能性が狭まっていくことに焦りを感じてもいる。

詩で生きていくというのは、ほとんど不可能に近い。収入に関して云えば全く期待できないし、本を作るにも自費出版が主流でお金がかかる。小説の方がまだ職業として成り立つのは目に見えている。

しかしそれでも私は「詩を書くしか能がない」のではないか。徹夜をしてただただ死にたいと思いながらベッドに力なく横たわって、寝落ちかけながら書くのも詩であり、またPMSに振り回されて絶望の最中にある時に書くのも詩であって、純粋に言葉として私の指先から発せられるものは、詩を置いて他にはないのかもしれない。

またココア共和国に昨年の9月から投稿をはじめて、これまで10回佳作入選しているという結果は、短歌よりも小説よりも重い。

もう一度、詩の道を歩んでいきたい。たとえ短歌はもう作れなかったとしても、脇目もふらず詩を書きたい。今ならそう思える。

ならば詩作と投稿を本格化させていく必要があるし、迷っているいとまはない。今後10年が勝負だと思って励むほかない。

まだまだ私の詩を練り上げていくためにも、いただいた原稿料は詩集を買うのに費やしたい。

歌集・句集と、詩歌は幅広く読むけれど、実のところ現代詩の詩集はまだそれほど読めていないのが実情で、もっとより探究を深めていきたい。

書肆山田が閉業するという知らせもあったことだし、高柳誠の詩集などは早めに確保しておきたいところだ。また買ったもの、読んだものについては追って書いていければと思う。

 

追記

昨夜、あれから詩を書いた。

自分の道が定まらないことに強いストレスを感じていたのだけれど、ようやく進むべき道が見えてきて、番組を観て本当に良かったと心から思う。

詩に専念することで見えてくるものもあるだろうし、しっかり励んでいきたい。

またまさやまさんとも話して、短歌読書会については今後も行うことになった。私自身、歌誌歌集を読むのが好きということには変わりがないし、詩作にもいい影響を及ぼしてくれることと思う。

またどこかで詩を公開する場を作りたいと思うけれど、やはり折本を中心として作品を発表していきたいと思う。ネット詩は詳しくないのだけれど、私の詩を作る過程の特性上、あまり馴染まないかもしれない。

詩は誰かに届かなければ意味がないという見方もあるけれど、私はそうは思わない。

届く人に届けばいいと思っているし、それでも私の詩を選んでくださる読者の方々に届けたい。