ANIRON

ひとりごと日記

2022.12.25 #2 まだまだ迷いは尽きない

昨夜は飲みの席になり、主人と短歌について話した。

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冴ゆは人間版ちゅ〜ることカニカマに熱中してしまい、しばらく収拾がつかなかったので、何度も宥めすかしたり、猫用のちゅ〜るをあげたりしたのだが、その間も落ち着きがなく、今度は唐揚げにも興味を持って、なかなか大変な有り様になってしまった。

そのような中で、主人に岩倉文也の短歌について話すと、「確かに下手かもしれないけれど、軸はしっかりしていて、伝えたいことは聞くだけでわかる。これがプロの作品。素人は軸の周りの膨らみにばかり気を取られて、メッセージが多義的になるあまり、軸がブレる。雨伽もそうでしょ」と云われ、ぎくりとしてしまった。

主人は作歌をする人ではないのだけれど、私が主宰となって、共通の知り合いであるまさやまさんと短歌読書会を共に行っていて、これまで水原紫苑、横山未来子、大森静佳と扱ってきて、さすがに東大の大学院で文学を修めていた人間というだけあって、その読みは鋭かった。

軸がブレない短歌、多義的でない短歌を詠むということがなかなかできずにいたなと思う。装飾的な部分を強化してしまっていた時期も長かったし、表現をより開かれたものにしようと苦心してきたつもりだけれど、その方向性がまだ定まっていなくて、やはりメッセージが多義的になってしまっていたなと感じる。

私がこの言葉を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、木下龍也や萩原慎一郎といった、より人口に膾炙した歌人たちの短歌だけれども、彼らのワンメッセージで、ダイレクトな短歌はやはり力強く心に響く。

そんなふうにブレない軸を作ることは、まだ私にはできていないなと思うし、主人曰く、軸の周りの「膨らみ」については技術が必要だけれども、軸を軸として成立させることは鍛錬すれば可能だと語っていて、これは小説も同様だと云う。

「いずれタイミングを見て短歌講座を受講しようかなと思っているんだよね」と私が云うと、「軸を強化してくれる講師につくといいかもね」とアドバイスしてくれた。

さいわいは林檎の形剥くまでのすべもないまま滑り落ちるよ

第23回全国NHK短歌大会入選作

 

『夜と霧』あがない歩く夕空は爆弾の降る街へとつづく

NHK学園夏の誌上短歌大会佳作

これらは今年入選した自作の短歌だが、確かにこれらはワンメッセージという点では軸はブレていなかったのかもしれない。ただその後の打率が低いことを考えると、私の軸はまだブレているのだろう。

まだまだ作風についても悩んでいて、そのことを相談できるような講師に巡り会えればと思っていて、想定している歌人はおられるのだけれど、ただ敷居が高くて足を踏み出せない。

そうはいってもやはり短歌を作りたいという気持ちはまだあることは確かだし、来年は詩にふたたび賭けると決めているけれど、短歌も並行して作るべきかどうか、考えあぐねている。

そのことを主人に伝えると、「釣り竿は今の時代一本だけ吊り下げていたってダメかもしれないよ。2本でも3本でもあった方がいい。かかったら釣り上げるだけよ」と云われた。

酔った勢いの言葉かもしれないけれど、詩一本に注力することに、まだ気持ちの迷いはあって、答えが出せずにいる。明らかに短歌は今の時点では向いていないのだけれど、それでも詠みはじめてまだ二年だし、研鑽を重ねれば、もう少し高みを目指せるのかもしれない。

まだまだ迷いは尽きず、答えも出ない。焦りは募る一方だけれども、そんな私を知る由もなく、冴ゆは人間の食べ物に興味を持ちすぎて疲れたのか、やどかりねことなって眠っていたのだった。